
クルマを買うとき、何色にするか。
白にするか。黒にするか。
少し思い切って、鮮やかな色を選ぶか。
今では、ごく当たり前のことです。
同じクルマでも、ボディカラーが違うだけで印象は大きく変わります。
街で見かけたクルマの色に惹かれたり、カタログを眺めながら最後まで色で悩んだり。
もしかすると、グレードやオプションを決めるよりも、ボディカラーを選ぶ時間のほうが長かった、という人もいるかもしれません。
けれど、自動車が生まれた頃から、私たちが今と同じように自由に色を選んでいたわけではありません。
そこにも、ちゃんと歴史があります。
クルマが「工業製品」だった時代。
20世紀初頭。
自動車が一部の富裕層のものから、多くの人が手にできるものへと変わっていく中で、大きな役割を果たしたのがFord Model Tでした。
フォードが追求したのは、徹底した生産効率です。
同じものを、できるだけ速く、できるだけ安く、たくさん作る。
その考え方によって自動車は急速に普及していきました。
Model Tには黒以外のボディカラーが存在した時期もありますが、大量生産が進んだ1910年代から1920年代半ばにかけては、黒が中心でした。
色よりも、まずは効率。
当時の自動車にとって、それはとても合理的な選択だったのだと思います。
「何色のクルマに乗るか」という考え方。
その流れが大きく変わっていくのが1920年代です。
General MotorsとDuPontによって、自動車用の速乾性塗料「Duco」が導入されました。
乾燥が速く、耐久性があり、そしてさまざまな色を作ることができる。
それまで大量生産とは相性の悪かった多彩なボディカラーを、工場で効率よく塗装できるようになっていきます。
技術が変わったことで、クルマの作り方が変わった。
そして、クルマの売り方も変わりました。
GMは、単に色の種類を増やしただけではありません。
「クルマは性能や価格だけで選ぶものではない」
という考え方を、自動車という商品に持ち込んでいきます。
1927年には、GMに「Art and Colour Section」というデザイン専門部門が設立されました。
ボディの形。
インテリア。
素材。
そして、色。
それらを組み合わせて、一台のクルマの個性をつくる。
現在では当たり前になった自動車のデザインという考え方が、少しずつ形になっていった時代です。
それから、およそ100年。
100年後の私たちも、色を選んでいる。
自動車は大きく変わりました。
エンジンの性能も、安全性も、快適性も、当時とは比較になりません。
塗装技術も進化しました。
光の当たり方によって表情を変える塗装。
何層もの塗膜によって深みを生み出すカラー。
特定のモデルや特別仕様車だけに用意される色。
それでも私たちは今も、
「このクルマなら、この色がいい」
と考えます。
100年前に始まった「クルマの色を選ぶ」という文化が、形を変えながら、今の私たちのクルマ選びにもつながっています。
今あるものは、突然生まれたものではない。
クルマを見ていると、こうしたつながりに出会うことがあります。
なぜ、このエンジンが生まれたのか。
なぜ、このボディ形状なのか。
なぜ、この名前が付けられたのか。
そして、なぜ、この色なのか。
今、目の前にあるものの多くは、突然そこに生まれたものではありません。
誰かが考えたこと。
新しい技術が生まれたこと。
その時代に求められたこと。
そして、過去の成功や失敗。
そうしたものが少しずつ積み重なって、今につながっています。
その背景を知らなくても、クルマを楽しむことはできます。
けれど、知ることで見え方が少し変わることがあります。
ただ「きれいな青だ」と思っていたボディカラーにも、塗装技術の歴史がある。
当たり前のように開いているカラーカタログにも、自動車を「移動するための道具」から「自分らしさを表現するもの」へ変えてきた人たちの試行錯誤がある。
そう考えると、一台のクルマを眺める時間も、少し違ったものになります。
歴史を知ると、クルマはもっと面白い。
私たちは、新しいものに目を向けがちです。
新しいモデル。
新しい技術。
新しいデザイン。
もちろん、それもクルマの大きな楽しみです。
でも、ときには少しだけ時間を遡ってみる。
今、自分が見ているものが、どこから来たのかを考えてみる。
すると、今まで何気なく見ていたものにも、物語があることに気づきます。
そして、その物語を知ったあとで改めて目の前のクルマを見ると、不思議と以前より少し好きになっている。
歴史を知るということは、昔のことを覚えることだけではありません。
今あるものを、もっと深く知ることなのかもしれません。
私たちTOM’Sも、1974年からクルマと向き合ってきました。
その間、自動車も、モータースポーツも、技術も大きく変わりました。
それでも、過去から現在へ受け継がれているものはたくさんあります。
そんな「クルマのつながり」を、これからこのJOURNALでも少しずつ辿っていきたいと思います。